ロータリークラブの歴史

ロータリークラブは1905年にアメリカ合衆国イリノイ州シカゴに誕生しました。当時のシカゴは不道徳な社会に陥り、商道徳も地に落ち騙す騙されるがあたりまえの状況でした。そこで本当に信頼できるメンバーだけで交流しようと誕生したのがロータリークラブです。シカゴロータリークラブはそれぞれの事務所を例会場として輪番制(ローテーション)で使用したのでロータリーという名前が付けられました。ロータリーにちなみ歯車がシンボルマークとなっていて、会員はそのバッチをつけています。

現在ロータリークラブは200以上の国と地域に3万3000近くのクラブがあり、会員数は約120万人になります。ロータリークラブは急速に全米に広がり、さらにはカナダやイギリスへと拡大しました。シカゴクラブが設立されたわずか7年後には「ロータリークラブ国際連合会」が、さらに1922年のロサンゼルス国際大会において「国際ロータリー」と改称され今にいたっています。

職業奉仕(会員の職業倫理を高めること)と、そこから広がる社会奉仕と国際親善を目的とする。基本的には「I serve: 私は奉仕する」、クラブとは「奉仕をするクラブ会員であるロータリアン個人の集まり」であり、国際ロータリーはそのクラブの連合体とされているが、個人のみならずクラブ単位や国際ロータリーとしての奉仕プログラムも行われている。ロータリークラブ活動の特色として、各クラブごとに、独自の事務局を持ち自主独立運営が行われ、奉仕活動、寄付行為、会員の交流、友好事業等がなされている。

日本では、1920年に当時の三井銀行の重役であった米山梅吉等が日本初のロータリークラブである東京ロータリークラブを創立、1921年に国際ロータリーから855番目に認証を受けています。

訪米中の米山梅吉はダラスロータリークラブに在籍していた福島喜三次と出会いロータリーを知ることになりました。実際にロータリーの例会に出席した米山梅吉は、ロータリークラブというものに強い共感を持ち、日本でのロータリーの創立に動きはじめたそうです。その後、福嶋喜三次が帰国して大阪に赴任し、1922年に大阪ロータリークラブを創立しています。
以後、1924年8月に神戸ロータリークラブが、1924年12月に名古屋ロータリークラブ、京都ロータリークラブ、横浜ロータリークラブが続々と誕生しました。
宮崎で最初に創立した宮崎ロータリークラブはスポンサークラブは神戸ロータリークラブとなっています。

残念ながらここのところ、世界的に会員の減少傾向があり、クラブ数2,224、会員数83,679人(2021年7月)となっています。